世の中には、ポジショントークというものがありまして。
ぼくもポジション的にはソーシャルメディアが注目されたり、ネットをマーケティングに取り入れようと考える企業が増えたほうがお仕事的には「おいしい」わけですが、同時にぼくの仕事は結果を出さなきゃダメなので、できもしないことを煽ったり、無責任な夢だけ見せたりされるとかえって迷惑なんですね。
という前置きを書きつつ、今回の震災を踏まえてソーシャルメディアについて、いろんな方がそれぞれのポジションから記事を書かれているので紹介します。
- 大震災で明確になった〜 ソーシャルメディア3つの「限界」と4つの「可能性」:日経ビジネスオンライン
- 【特別寄稿】日本のメディアが変わった10日間 小さなメディアの大きな力 | ReWired 再接続される未来 | 現代ビジネス [講談社]
震災はまだ過去のものではなく、現在も多くの方が耐える生活を強いられており、風化させちゃいけないのですが、とはいえ分析することで見えてくるものもありますので、被災者ではない人は冷静にいま起こっていることを見極めつつ、より良い方向にかじを切っていくべきです。
ソーシャルメディアによって助かった方、救われた方がひとりでもいるなら、それは無価値ではないと思う一方で、そんなに諸手を上げて賞賛するほどすごくもなかったとぼくは思います。
というよりもこのあたりが自由にふるまってできることの限界で、これ以上のことはなかなか難しいというのが正直なところだと思う。
分散化することはネットの基本で、リスクヘッジの観点でもいいことではあるんだけど、こういう場合は情報が分散してしまうことのデメリットも大きいわけで。
たとえば各社が用意している災害用伝言板。いちおう2009年から横断検索はできるようになっているのですが、そもそも一箇所にすればいい(これは義援金の窓口も同じ)。こういうそれぞれが自発的に部分最適を進めるあまりに、全体最適からは遠ざかるという現象がけっこうあります。
そういう意味では佐々木さんの記事はいつもとちがって現実的だった。
ネットのアーカイブ性という強みはそこにいつでもアクセスできるからこそ恩恵を受けれるわけで、現在の被災地ではなかなかそういうわけにもいかない以上、どうやってアナログな情報に変換するか(具体的には大きな紙に印刷して掲示することで同等のアーカイブ性を担保する)、また現地のアナログな情報をデジタルに変換するかの部分に知恵と工夫と人力が求められている。
Googleが提案した被災者名簿をデジタル化する取り組みとかは本当に素晴らしい。
ソーシャルメディアは(勘違いも含めた)「善意」を集めるのにはとても向いている。でもその勘違いの部分がときに暴徒と化す危険性であって、じっさいそういう行為も見受けられているわけだけど、ぼくらはこの暴力装置になりかねない危険な道具をどうやって取り扱うかを考えないといけない。
火でも包丁でもクルマでも危険だから使わないなんてことはないわけで、危険性とどう付き合うかという話でしかない。
で、ぼくらが考えないといけないと思ったところで、残念なことに多くのインターネット利用者はなんにも考えちゃいないのも現実。だからデマの拡散はなくならないし、チンピラのようにいちゃもんをつけて理不尽な攻撃を誰かに加えることもなくならない。
とても楽観はできない。
「可能性があるからいいもの」という理屈は、「危険性があるからダメなもの」というのと同じです。ソーシャルメディアなんて言葉が使われてなかった頃から、コミュニティには必ず善悪の両面が存在したし、参加する人数が増えるに連れて荒れ始めるという質量が反比例する現象は見られてきました。とりわけネットコミュニティにはその傾向が強いです。
ソーシャルメディアが役に立ったのかといえば、それはきっと誰かの役には立ったのでしょう。でもそれはラジオだってテレビだって多くの人の役に立っている。
マスメディアが流せないような極め細やかな情報が流せたというのも当然の話で、メディアってのはそれを見る人の数に応じて情報を細分化できるから、マスメディアにはマスメディアが伝えるべき情報もあるし、マイクロメディアだからこそ町内単位の情報が流せる。だからこれは優劣の話じゃない。
既存メディアとの優劣を競ってもしょうがないし、リスクを無視した無邪気な絶賛はたちの悪いポジショントークでしかありません。
どんなものにでもリスクもあればメリットもあるわけで、「どう使えばそのメリットを最大化できるのか」を考えていきたいものですね。
まあそもそも論を言えば、「ソーシャルメディアで社会貢献」なんて話は全体から見れば非常にニッチな話であって、多くのユーザーは変わらぬ日常を送っているわけです。「経済を回せ」とか言われなくても、いままで通りの暮らしを続けている人たちもたくさんいるので、都市部の識者たちが過剰に煽ってると言えなくもない。
じっさい沖縄問題なんかはぜんぜん話題にならないわけで、これって停電や水道水など彼らが直接的に影響を受ける状況にいるからおおごとになってるだけなんですよね。微妙に当事者意識を持ってるというか。
もちろん当事者意識を持つこと自体はいいことだけど、それはおうおうにして冷静さを失わせることでもあるから、ちょっと落ち着いたほうがいいと思います。
あるいは超冷静で確信犯としてこの騒ぎを利用してソーシャルメディアバブルに燃料を投下しようと思ってる人がいるのだとしたら、それは本当にひどい話です。
少なくとも今回の震災では「まだ」メディア構造は変わってないし、ソーシャルメディアの限界や危険性もたくさん露呈しています。
限定的な美談だけをクローズアップして、気持ち良くなっちゃうのは怖いことだと思います。
[追記]
震災は比較できないけど、原発に関してはもしこれが鹿児島の川内原発だったらここまで話題になってないはず。じっさい川内原発では被曝ではないけど去年の1月に死人も出てるのに、今回ほど原発の是非についてソーシャルメディアでは話題になってない。
(恥ずかしながらぼくも知りませんでした)
[さらに追記]
『ウェブはバカと暇人のもの』の中川さんも記事を書かれていたので紹介。まあいつも通りではありますが。











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