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ネット広告費>新聞広告費

まあ現状維持(前年比101.2%)と大幅下落(前年比81.4%)が交差したってだけの話なんだけどね。

電通は2月22日、2009年の日本の総広告費と媒体別、業種別広告費を推定した統計「2009年(平成21年)日本の広告費」(PDF)を発表した。2009年の日本の総広告費は5兆9222億円、前年比11.5%減だった。インターネット、衛星メディア関連以外の各媒体が減少していた。

枠が無限に増え続けるネット広告がマクロで見れば抜くのは可能性レベルでは当然のことで(もちろん広告予算の総額は無限に増えるわけではないので短絡的な話にはならないんだけど)、新聞を抜いたからどうって話でもないような。

ただテレビにせよ新聞にせよメッキがはげてきてるのはまちがいなくて、どっかで縮小均衡を図らなきゃいけないんだろうね。そのためには給料を下げるか人を減らすかしかないんだけど、そういう決断ができるのかってことだろうなあ。

個人的には無駄なあがきとしてこれ以上パチンコや健康食品や通販や宗教の広告を入れるのはやめてほしいかな。見る気が失せていくので。番宣もウザいし、映画やドラマの宣伝のためにバラエティに出演者が出まくる(バーターで)も視聴者をなめてるとしか思えない。

「貧すれば鈍する」をまさに地でいくような展開になってて残念。

[追記]
そもそもこの時期にどのチャンネルも政治関連のニュースよりも五輪が優先になってるのが異常で、各局が組まなきゃ買えないくらい放映権料が高騰してるのもわかるけど、もうちょっと多様性を発揮してほしいところ。そういう意味では新聞のほうがまだマシかな。ただこっちは思想色が強すぎて微妙だけど。

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コメント(6件)[コメントだけのRSS]


"ただテレビにせよ新聞にせよメッキがはげてきてるのはまちがいなくて、どっかで縮小均衡を図らなきゃいけないんだろうね。そのためには給料を下げるか人を減らすかしかないんだけど、そういう決断ができるのかってことだろうなあ。"

正に。

最近思う事。
「新聞社」という名称が足を引っ張っている気がする…

コメントありがとうございます。
「新聞社」という名称が足を引っ張っている、というのはどういうことですか?

新聞が「紙の記録物」と狭義で解釈されることを指してますか?

言葉足らずで申し訳ありません。

ご解釈の通りです:-)

以下、仮説です。

民衆による情報へのアクセス手段が多様化すれば、
新聞社は情報をそこに適用させれば良い。
また、優秀な人材も揃っているはずなので、
変化に適応するためのポテンシャルは十分ある。
しかし、なかなかそうならない。
それは「新聞社」であるが故に「紙の新聞第一主義の呪縛」からなかなか抜け出せないからなのでは…

拙い説明となってしまい恐縮です。

今度ゆっくりお話させて下さい:-)
そろそろブログを始めましょうか…

ぜひブログ始めてくださいw

紙に縛られてるというのは出版社も同じですね。同じようなことはテレビにもラジオにも言えるんでしょうけど、コンテンツとその配布手段は別だということですよね。

ただ同時にぼくは配布(伝達)手段でメシ食ってきたのがこれまでのメディア産業だとも思うのです。新聞にせよ出版にせよその流通網こそがビジネスの根幹をなしてきたわけで。
テレビやラジオの県をまたげない免許の問題も別の意味でやっぱり手段が参入障壁となって食えてきたわけですよね。

コンテンツで食うとなった途端に、いまの新聞社や出版社の数が多すぎることが具体的かつ直近的な問題として明らかになってしまうので、みんな(わかってるけど)先送りにしてるんじゃないのかなあ。

淘汰怖いしw

恐らくご指摘の通りだと思います。

大手マスコミが現在抱えている問題は大きく二つに分けられるのではないかと考えています。

一つは制度的問題。
記者クラブや放送免許などこれまで富を生み出していた既得権益構造が、ネット基盤の進化により機能しなくなってきているのですよね。

そしてもう一つが経営的問題。
これまでは丼勘定でもなんとかなっていたマスコミ経営にも、経営・財務・マーケティングの専門知識が必要な世の中になってしまった…

これまた少々言葉足らず気味ですね。
今後はブログ記事の編纂にまい進、近いうちに考えをまとめてアップします:-)

ちなみに中の人としてはもう少し頑張る決意でいます:-)
まずは複雑化・抽象化してしまった問題を解決可能なレベルまで細分化・具体化し、各個撃破していきましょうか。
時間はかかりそうですが。

そうですね、その二点でしょうね。
外から見ていてもそう感じます。

ぼくは新聞社やメディア企業(と呼ばれている企業群)に限らず、これからの世の中はある程度の縮小均衡を受け入れつつ進むしかないと思うのです。
それでなくても物質的には十分に恵まれた現在に加え、少子化がわかりきった未来がそこにあって、じゃあ世界に出て行けるかっていうとそんなに簡単な話じゃないときに、売上や年収が上がり続けるなんてことは不可能なので(インフレなら名目上の金額を上げられるけど)。

もちろん経済的な成長を諦めるわけではないのですが、それは国家政策としての話だし、実現しようと思えば産業構造を大胆に変革する必要があるので、労働者にとっては必ずしもハッピーではないわけで。
そういうことを踏まえると、ぼくはもっと本当の意味での「豊かさ」を追求すべきだと思うし、もうちょっと生き方(働き方含む)そのものが多様化したらいいのになあと思います。

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