似たような話が続いてすみません。
先日の養老先生のインタビューを紹介したエントリー(反論を予測しながら書く文章はつまらない。)がそこそこ反響を呼んでしまっている。不本意なんだけど。
普段からぼくのブログを読んでたり、ぼくと話してる人には誤解なく伝わってるようなんだけど、はてブやTwitterをきっかけに読んだ人たちは当然ぼくのことなんて知らないわけで、あそこに書かれた文章だけで判断・反応される。
「反論」って言葉に対しての誤解が多かったなあ。ぼくがネットでの意見交換に対してはむしろ積極的で推進してることは、ぼくを知ってる人にはわかっても、そうじゃない人には伝わってないからね。
べつにわざわざ雑誌を買ってきて全文読めとは言わないけど、せめて前後の文脈から読み取ってほしいと思ったけど、そもそもぼくも養老先生がどういう意味で使ったかはわかんないので、これはしょうがないかな。
ニュアンスとしては「茶々入れ」とか「揚げ足取り」なんだけど、引用だから変更するわけにもいかないしね。ちょっとだけ後悔してるのはタイトル。タイトルは変えたほうがよかったかもなあと思ったんだけど、考えるのがめんどくさくてそのまま持ってきちゃったんだよね。
途中から養老先生への批判に対してまでイラッとするようになって、いまいち気分の晴れない(天気も悪かったしね)週末だったのですが、「カイジ」を見たり、ケーキを食べたり、モスで友だちと話したりしてるうちに、いつもの精神状態に戻りました。
そういう外のパワー(娯楽とか友だちとか)をもらって回復するのはとても大事ですね。
と同時に、自分の中で解決させようと思うときは、このへんのエントリーを読み返すようにしています。あるいはマンガそのものを読んじゃうとか。
どちらも「湾岸ミッドナイト」なんですけど、ぼくにとっては救いになるエピソードです。











コメント(4件)[コメントだけのRSS]
なんだかすみません。
投稿者: kkk6 | 2009年10月26日 12:27
kkk6さん、謝らないでください。
読みたくない反応の例としてコメントやはてブを取り上げてますが(もちろんすべてがそうではありません)、あえてトラックバックを入れてないのは、ちゃんとした意見交換が成立すると思っているからです。もっとも書き捨てられる匿名ブログもあるので、これもすべてがそうだとは限りませんけどね。
書いたものがどう読まれようとそれは仕方のないことだと思うのですが、できればちゃんと伝わってほしいなという祈りみたいなものがあり、同時に伝わらなくてもまあそれはしょうがないかとも思っています。
100%読み取れてない(行間が読めてない)のはきっとお互い様ですしね。
投稿者: 河野
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2009年10月26日 13:09
返信感謝します。
>100%読み取れてない(行間が読めてない)のはきっとお互い様ですしね。
なんだかいろいろと誤解していたようです。普段からあまり行間を読まないほうなので、無理して読んでみたら失敗してしまいました。
今回の話とは関係ないのですが、はてブやブログのコメント欄で罵倒されたり、ネガティブな意見を言われると凹みますよね。
なんというか、とにかくコミュニケーションは難しいです。
投稿者: kkk6 | 2009年10月26日 13:23
そうですね。
行間を読まずにすむくらい懇切丁寧にあらゆる誤読も防ぐように書かれた文章がいいのか、シンプルにすぱっと言いたいことが書いてあって読み手が行間を読んで補足するのか、どっちがいいという話でもないし、極端すぎるのはどっちもダメだと思うのです。
ただまあいまはどちらかというと揚げ足取りとかを恐れて丁寧に書きすぎてることが多いと思うので、もう少し戻したほうがいいんじゃないかと。
罵倒されると凹みますよね。ぼくはもうどんどんblock(非表示)にしちゃうのですが、あまりネットにどっぷりつかりすぎるのも良くないですね。
うまいこと自分で距離をとらないといけないんでしょうね。
投稿者: 河野
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2009年10月26日 13:33