ぜんぜんウイイレできてない。「Become」って書いてて、ウイイレの「ビカム・ア・レジェンド」モードのことを思い出しちゃった。
ま、それはさておき。
いま「『紫の牛』を売れ!」のレビューを書いたんだけど、ぼくはギリギリまで公開しないようにって言われたので、当日公開されるようにしておいた。
で、企業についてはそっちのエントリーに書いたんだけど、この本を読みながら、ぼく自身が「紫の牛」になろうとしてる(なりたがってる)んだなあと改めて思った。
たとえばこんなことが書いてある。
目立つ不安に打ち勝て!(P.59)
もしもあなたが常識破りな存在になれば、あなたに好意を持たない人も出てくるだろう。非凡ということには、そういう面もある。万人に称賛される人などいない。臆病な人は、何よりも目立たないでいたいと思うものだ。目立つ人はどうしても批判にさらされる。
さらには、こんなことも。
目立たないのは存在しないも同じ(P.61)
そこで、私たちには二つの選択肢があるように思える。目に見えず、没個性的で、批判されず、安全でいるか、それとも、素晴らしくて、独特で、「紫の牛」になるチャンスをつかむか。
(中略)
「厳しい批判にさらされたい!」と言う人はいない。だが、常識破りな存在になれば、そうならざるをえない。
これはここ数年でぼくが感じてきたことがそのまま書いてある。実際にはこの本を読んだのは2004年だから、どこかで意識していたのかもしれない。
(サカキさんが「セス・ゴーディンの新刊出たよ」って教えてくれたんだよな)
ブログを書くこと、そこで自分の意見を言うこと、多数の人が称賛してても自分が違うと思ったらちゃんと言うこと、そうすることで嫌がらせもうけてきたし、イヤな思いもしてきた。それも何度も。
だけど、その結果として「河野武」という特異なポジションが築けたのも事実で、批判を恐れず、本当のことを言ってきたから信用してもらえてるのも、すごく実感している。
正直しんどいし、きついことなので、全員にオススメできないけど、もし今の状況から抜け出したいと思ってる人がいたら、「紫の牛」を少し意識するといいかもしれません。
風呂上がったら、ウイイレしようかなあ。明日は朝寝坊できるし。んー。











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