森さんのブログにあった、とっても共感した言葉。
書きたいことがある日、というのは稀であって、たいていは、なにも書きたくない日である。それでも、その日に必ず書く。これは大事なことで、たとえば、仕事でその人が使えるかどうか、というときには、その人のコンディションが最悪で、やる気のないときに、どれくらい仕事ができるか、という点で見るべきだ。最高のコンディションで、やる気満々のときで評価してはいけない。できるリーダが見るのはここである。
できるリーダーがそこを見てるかっていうと微妙な気もするんだけど、ベストパフォーマンスの積み上げで戦力を評価してないのは確か。そんなもの続くわけないし。
それはそれとして、ぼくは「今日はやる気ねーな。明日に回そう」とすぐにサボる傾向があるので(特に去年はその傾向が強かったので)今年は気分に関係なく、ちゃんとやろうと思った。
大勢が書いている共通のフレーズに、「森博嗣を見ていると、真剣に願えば夢が実現する気分になれる」といった内容が散見された。どうかな、僕はいくら願っても無駄だと思う。たとえば、これも最後だから明かすけれど、欠伸軽便鉄道弁天ヶ丘線に招待されるには、どうすれば良いだろうか? 「どうすれば良いですか?」というメールは沢山もらった。こういったメールには僕は答えていない。しかし、唯一の方法とは、「是非乗らせて下さい」という一言である。
願っているだけではなにも実現しない。方法を人に聞くだけでも実現はしない。自分で方法を考え、自分で手を打って、失敗やリスクを覚悟で行動する、ここで初めて少しだけ可能性が高くなるのだ。
待ってたり、願ってるだけでは何も実現しない。何も、っていうと語弊があるけど(小さい成功はできる)、本当にやりたいことがあるなら自分から行動するべきだし、頭を下げてでも実現させればいい。頭を下げたくないなら、それを屈辱と思うなら、しょせんその程度の願望でしかないので、それはそれで別にいい。それがどの程度の願望・欲望であるかを自分でわかっているかが問題。
当たり前のことなんだけど、自分のことになると人はけっこういい加減で、甘やかしてしまうのでよくない。まあそういう弱さも含めて、人間らしさと言えなくもないんだけど、ダブルスタンダードはカッコ悪いと思う。











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