10年前、「マーケティング」って言葉はぜんぜんマイナーだった。というか、言葉の定義もすごく狭くて広告宣伝とそんなに差がなかった。
ぼくがニフティでマーケティング部に異動になったのが1999年の春だったけど、すぐに消滅するくらい(たしか夏には営業部に吸収された)マーケティングそのものが軽視されていた記憶がある。もちろん(?)広告宣伝部は別に存在していた。
ぼくはマーケティング部が消滅したあたりから、ニフティを辞めることを考え始めて、たしか夏にはサイバーエージェント(当時は表参道にあった)を受けて、藤田さんに面接で落とされたんだけど、今となっては懐かしい想い出です。
だけどだんだんと世の中の状況が変わってきて、広告自体が効果を疑問視されるようになってきていて、「ちゃんと考える」ことが望まれるようになってきた。
で、なんとなくその「ちゃんと考える」というのが「マーケティング」に置き換えられていて、マーケティングという部署や職能があらためて脚光を浴びつつあるのが、この3~5年な気がする。
個人的にはあのときニフティでマーケティング部に異動になったのはラッキーだったと思うし、それ以降もマーケターとして踏みとどまったことはナイスジャッジだと思うし、今も恵まれた環境にいると思っている。
ただ、前提の「ちゃんと考える」イコール「マーケティング」についてはものすごく違和感がある。というかより正確に言えば、ちゃんと考えてないマーケターは多いし、マーケティングセンスを持った営業マンやエンジニアもいるので、名乗ってる肩書きがマーケターかどうかはほとんど意味がない。
裏を返せば、たぶん世の中的にはマーケターの絶対数が増えてる気がするんだけど、使えないニセマーケターが増えてるだけなのでヤバい。このままだとマーケティングの価値が下がっちゃうかもしれない。
本を読んでない、テレビも見ない、ネットも使わない。そんなマーケターは見たことがない。
ぼくが知ってる限り、みんな時間がない中、必死で情報をフォローしている。テレビを見る時間がないなら雑誌やネットでカバーするとか(それでも人気番組はビデオでチェックしている)、自分で工夫している。
人気スポットには出かけるとかね。都内に住んでいるのに表参道ヒルズに行ったことがないマーケターはさすがにいないと思うけど、そういうところでその人のレベルがある程度わかる。
マーケティングってとにかく「人の心を理解すること」なんだから、人が集まる場所に行き、人が話題にしているモノを見て、なぜそれが人気なのかを考えることがすべてのスタートのはず。
そういうことをサボっちゃいかんと思います。











コメント(7件)[コメントだけのRSS]
マーケティングに限らず、「人の心を理解する」ために何をするかは大切なことですよね。そんな私はマーケティングを勉強中のWeb関連営業マン。いつもドキッとしながらブログ読んでます。
河野さんのブログに出会えてよかったー!と思います。ホントはMarkeZineのセッションで初コンタクト(間接的に)があったくせに。
投稿者: 匿名 | 2008年12月24日 12:25
上記のコメントはワタシです・・・(汗)
投稿者: Fumio | 2008年12月24日 12:34
Fumioさん、いつもコメントありがとうございます。
勉強していて他の人の意見が聞きたくなったら、ぜひ遠慮なく聞いてくださいね。一緒に勉強しましょう!
投稿者: 河野
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2008年12月24日 14:00
同じく。マーケティングに限らず、どんな仕事であれ趣味であれ、関係することに対して基礎的なことがらを知るための努力ってのは、いわば基礎体力なんでしょうね。
投稿者: ムムリク | 2008年12月24日 16:40
ムムリクさん、コメントありがとうございます。
そうですね、人に興味や関心のない人間がマーケティングやマネジメントができるわけないのですよね。でもそういう人増えてますよね。。
投稿者: 河野
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2008年12月24日 19:27
人のことを理解しようとすることってわくわくします。すっごい難しいですけど。私の興味がないことに興味を持つ人はとくに気になります。
いつも「確かに」と言いながら読ませていただいています。
投稿者: トモオ | 2008年12月25日 00:36
トモオさん、コメントありがとうございます。
難しいですよね。でもわくわくしますよね。ぼくも同じ気持ちです。
EXILEとか羞恥心とかAKB48とかぼくにはまったくハマってないのですが、あれだけファンが多いことを思うと、いろいろ考えてしまいますし、それがとても楽しいです。
投稿者: 河野
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2008年12月25日 01:34