まあ本自体は読んでないんだけど(ダメじゃん)、この集合知に関してのよくある批判としては「ガリレオの時代に集合知があっても地動説支持にはならなかった」というのがありますね。
まさにそのとおりなのですが、これが意味していることは「人間は意外と空気を読む」ということであって、会社の会議で専務あたりの実力者(だいたい社長の親族)が言った意見で決まっちゃうことと大差ない。
「意見」というものはとても不安定なもので、というかそれこそ透明人間である「みんな」はだいたいのことはどうでもいいんです。
まずそのことを理解しておかないといけない。
集合知が成立するにはシンプルなひとつのルールがある。
それは「利己的な個々人が、それぞれ自分の利得のために行動した結果や平均値には意味がある」ということです。
これを満たすには、ふたつの条件があります。ひとつ目は、
- 個々人の意見が他者の影響を受けずに発せられること
です。
選挙などがそうですが、これも事前報道がなければ成立するのですが、実際には自分の意思で決めていると思ってるだけで、流されまくってますよね。
もうひとつは、
- 当事者に何らかのメリットがあること
です。
例えば、株式市場なんかはわかりやすいですし、正解者に賞金が出るようなケースもうまく作用するでしょう。
逆に言えば、それ以外のケースでは集合知なんてのは信用ならないってことです。まあ、わかってる人はけっこういると思うんだけど。



「みんなの意見」は案外正しい







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